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1984.2.25 鮎川誠インタビュー

@西鉄グランドホテル(福岡市)

 

 このインタビューは1984年2月25日、福岡の西鉄グランドホテルでのもの。シーナさんが産休のため一時的にシーナさん抜きの3人で「The Rokkets」としてLIVEをやっていたときです。アルバム『ロケット・サイズ』(1984.3.21リリース)を発売する時のキャンペーンで来福された鮎川さんに、ラッキーにもお会いしてインタビューすることが出来たので、その再録です。当時の某ローカル情報誌(左が、その表紙)に載ったものです。なにしろ15年前の私が書いた文なので、なんとも稚拙なものではありますが、鮎川さんの熱い語り口は、読みとっていただけるのではと思います。では、以下は当時の文のままです。

 


インタビュー 鮎川誠

 昨年は“サンハウス”の再結成、そのライブ盤『クレイジー・ダイヤモンズ』の発売などでロックファンの心をかき乱してくれた、シーナ&ロケットのドン、鮎川誠。今年は一時活動中止だったシーナもステージに復帰し、久々に待望のオリジナル・アルバムもリリースされる。去る2月25日、NHK教育TV「YOU」の番組出演(NHK福岡にて収録)のため来福した鮎川氏にインタビューをし、ロックについて語ってもらった。大胆不敵なロックンローラーのメッセージ。

 

Q:昨日の「YOU」のテーマは?

鮎:「校訓」学校のモットーとかの校訓ね。自分の高校の校訓、覚えとう?

Q:えっ?!覚えてないです。

鮎:オレは覚えとうよ。明善高校(久留米の進学高校)やったけど、「克己、尽力、楽天」ていうのやった。で、高校生を集めてのディスカッションやったんやけど、どこの高校生もパワーがあるっちゃね。素晴らしいと思うたのは、こっち(九州)は高校ちゅうのが地元に密着しとるやろ。この町には、この学校があるっていう風に。東京とかは、どこの大学に入る為にはどこの高校が入りやすいとかさ、もう中がステップ化しとうやない?

Q:大学に行く過程でしかないという感じ。

鮎:こっちは違うね、まだね。その高校に入りたい為に行くっていう一番ナチュラルな形でさ、そこでその高校の校風やら青春を謳歌する、みたいな,,,。そんなんが、やっぱり幸せやね。

Q:ところで、鮎川さんはミュージシャンになってなかったら何になってたと思いますか?

鮎:何やろ,,,ロケットの操縦士かな(笑)。

Q:もう「ミュージシャンになる!!」ってことしか考えてなかったですか?

鮎:うん。音楽好きやったけん、やりたいってずーっと思いよった。高校,,,3年の時やね。勉強が、まぁいいやとかさ、肝心の試験の時に根気が出らんごとなった、ある日突然。音楽がもう好きになって、ギターのことが頭から離れんごとなって,,,で、浪人した時にバンドやりだして、それからずっと。

Q:音楽に熱中しだしたっていうのが、それから?

鮎:そう。それまではフツーにいろんな事が好きやけど、人一倍(音楽が)好きっていう、その程度やった。

Q:大学入って福岡に出られたんですね。

鮎:大学入ってからも、久留米から大牟田線で通って,,,“サンハウス”作ってから、こっちに部屋借りたと。

集まれば、いつでもサンハウス,,,,

Q:“サンハウス”は久々に再結成してみてどうでした?調子とか、前と同じでやれましたか?

鮎:冗談やろ。10年分、進歩した音でやったよ。10年前よりまだ悪い音になっとったら、やったりせんし、オレも音楽家やら、やりよらんよね。10年以上経ったくらい進歩した音で,,,やった。年とればとる程、音楽ちゃ上手にやれるよ。普通、再結成するバンドは反対やね。途中でブランクがあって、他の事ばかり考えてて急に音楽の事に戻っても、解散した時点まで一回戻らなイケンやろ?“サンハウス”は違う。みんなが“ロケット”なんよ。福岡で8年間やって、みんながロケットになったんよ。飛び出していったと。

Q:それぞれ別の道に?

鮎:別の道やないで、ひとりの音楽家として。ひとりひとりが。オレはロケットちゅうバンド作って飛び出して、柴山はロックの詞を書く作詞家として、浦田は“ショット・ガン”として、奈良は“EX”として,,,。そいけん、皆ずっと音楽しよった。“サンハウス”ていうのは名前は78年で終わり。でも集まればいつでも“サンハウス”の音でプレイできる。

シーナ&ロケットの音楽はスペシャルやけ

Q:聴き手側の話になりますが、今、コンサートの客の主流って、高校生や大学生って感じでしょう。社会人になったら、レコードは聴いてるけど、こんさーとまで足を運ぶ人は少ないっていうか,,,もっと浸透してほしい気がするんですが。

鮎:それは浸透するんやなくて,,,行くのがかったるい人は行かん方がいいっちゃんね。う、そうやないで、もちろん僕の言いよる意味は,,,足が向かんて言うのはさ、それまでにしょうもないバンドやらばっかり聴いとるけんなんよ。僕達の,,,シーナ&ロケットのコンサートは面白いよ。最高に笑えるし、最高にジャンプ出来るし、最高にカーッと(熱く)なるしさ、もうシャキッとなって,,,うん、いいよ、ロケットのコンサートに来てくれたら。

Q:私は、あのー、以前、北九州大学の学園祭に来られたでしょう?

鮎:うん、行った行った。

Q:あの時見に行ったんですけど、オープニングからもうすごくドキドキして盛り上がって,,,うまく言えませんけど強烈な印象でした、すごく。

鮎:そうっちゃ。そいけん見に来てくれた人は知っとるっちゃね。やけ、シーナ&ロケットのコンサートがもし今度北九州に来た時は、絶対見逃さんごとって、それ、みんなに教えとって。

ロケットサイズのダイナマイト

Q:ところで、今度新しいアルバムが出るそうで。(「ロケット・サイズ」ビクターより3月21日発売。)レコーディングはいつ頃から?

鮎:10月。今回は3人(ザ・ロケッツ)で。シーナがずっとお休みしとったけんね、その間に作って。で、リリースが1984年3月21日.,,,3・2・1・0!ちゅう、オレの一生に一度しかない日に出したかった。オレ達の、ギャーッちゅうロケットのエンジンみたいなもの,,,。マシーン。ぜひ聴いてほしいね。

Q:ステージの方の今後の予定は?福岡では1月7日に出られましたけど。

鮎:うん。“なしか”やら北九州のバンドと一緒に、シーナ&ロケットで。

Q:えっ?!シーナさんも出られたんですか?

鮎:もちろん。もう今年から、ステージはシーナ&ロケットでやりよる。今度、4月30日には、日比谷野外音楽堂で、シーナ&ロケットとしては2回目のワンマンコンサートやります。そいけん、シーナ&ロケットは6年目を迎えて飛行中ちゅう感じ。

本物のロックを聴き分けて欲しい!!

Q:最後に、北九州のアマチュア・ミュージシャンに何かアドバイスを。

鮎:いい音を聴く。それだけやね。いいロックをたくさん聴いて,,,ただ、かたっぱしから聴きよる中に、がらくたロックがいっぱいあるよ。ロックの偽物が。ロックっぽいのやら、売ろう売ろうって作ったのやら。でも,,,ダイヤモンドがあるっちゃね、その中にも。それは耳で聴かな選べん。目で見ただけじゃわからん。ギターをジャーンと弾くの見て“ああいう風に弾くのか”ってしても、同じ音は出せんよ。結局は、イイ耳を持っとる人がいい音楽を作れる。

Q:今、見た目にばかりとらわれてる人が多いっていうことですか?

鮎:そうそう。学園大会でやる分には、それでいいし、そういうヤツには鮎川誠のアドバイスやら、ない。そうやないで本気で音楽やりたいっていう人には、やっぱりイイ音楽作ってほしいけね。見た目やら二の次。やけ、一に耳,,,あっ、一に心やね。一に心、二に耳、三番に目やね。

Q:今年は北九州でステージの予定は?

鮎:うん、だから,,,北九州のロックが近頃面白うないとかね、何か面白いことないやろかーとかで、シーナ&ロケットがその火付け役ちゅうか、それでドカーンてなるんやったら、いつでも飛んでいくよ。オレ達、北九州のバンドやけ。

Q:そういえば一時期、“めんたいバンド”って言葉が出まわって、“博多出身のバンド”ってことで全部ひとくくりにされていたでしょ。あれ、私はすごく悔しかったですね。“北九州のバンドなのに”って気がして。了見狭いですけど。

鮎:オレも今まではね、割と博多出身とか北九州出身とか、そういうのはどうでもいいやって思いよった。でも、遅くなったけど自己紹介すると、シーナ&ロケットは若松で生まれたバンドです。若松で生まれて福岡で育って、板付空港から成田へ飛び立ったと。

Q:それじゃ、またゼヒ北九州で、あのドキドキするようなステージやって下さい!!

鮎:うん、楽しみにしとって。

インタビューを終えて

 鮎川さんは、やっぱりカッコイイ。それはルックスだけじゃなくて、ロックンロールひと筋で「ロックが好きやけ、やりよる。それだけです。」と言い切ってしまう、そのストレートな生き方がカッコイイのだ。そして、それはそのままシーナ&ロケットの音楽、ストレートでシンプルで何の飾り気もないけれどガーンとぶつかってくる手ごたえ、吹っ飛されそうなスピード感に表れている。3月21日発売の「ロケット・サイズ」も、そんな熱いロックンロール・スピリットがみなぎる先鋭のアルバム。ぜひ聴いて欲しい。やっぱり鮎川さん自身が言っていたように、私たちファンも、ロックンローラー以外の鮎川誠は考えられない。


1999.3.8現在に読み返して思うこと。

 やはり若気の至りとはいえ、無茶苦茶とんちんかんな質問も多いし(だいたい、アルバムのプロモーションで来ているのに、高校の話なんて延々と聞いているし!!)実は、一カ所、鮎川さんをムッとさせてしまったところもあるのでした。誌面にはサスガに書きませんでしたが。それはサンハウスのことを質問したくだりです。鮎川さんは、私がサンハウスのアルバムを、ちゃんと聴いていなかった(その当時)ことを、きっと見抜いておられたでしょう。ああ、恥ずかしい。あの時は、冷や汗かきました。なんと失礼なことをしてしまったのでしょう。申し訳ありませんでした。さて、当時、鮎川さんは、福岡でのみ発売のラーメンのCMに出ていたのですが、私らのインタビューの後、(これは後日、同席していたレコード会社の人に聞いた話)次の取材との狭間に、インタビューを行っていたレストラン内にいた、とあるおばちゃんが、つかつかと寄ってきて「アンタ!!ラーメンのCM出よる人やろ。アンタが言う、“あの博多んもんな横道もん、青竹割ってへこいかく”って、ありゃ、どげん意味ね?!」と話しかけてきたそうです。しぇー。しかし、鮎川さんは、ちゃんと丁寧に「あー、あれはですね...」と答えてあげていたそうです。スゴイなぁ。

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